イデオロギー的環境保護政策の否定! 現実的な選択をした賢明な豪州国民

昨日投開票が行われた、豪州総選挙(下院151議席)では、モリソン現首相が率いる保守連合政権が勝利しました。前回の2016年選挙では過半数ぎりぎりの76議席にまで追い込まれ(下院)、その後、補欠選挙での敗北、離党者の発生のために、過半数を維持できない「少数派政権」にまで追い込まれていました。

 

しかし、今回の選挙では、今現在確定しているところ74議席を確保し、労働党が66議席となり、大きな差を付けました。無所属・諸派が6議席となり、未確定は5議席です。未確定議席の結果判明には時間がかかるかと思いますが、最低でもこのうち2議席程度は確保できるかと思います。よって保守連合が引き続き政権を担当するのはほぼ確実といった情勢です。

 

世論調査では勝利が予想されていた労働党ですが、この「負けるはずがない選挙」での敗北を受け、ショーテン党首は党首辞任を表明しました。党勢立て直しに時間を有するでしょう。

 

さて、争点としては、経済政策が中心でしたが、「気候変動対策」、より親しみのある日本語としては「環境保護政策」も大きな争点となりました。

 

このことと関連して、保守連合の中でも右派と位置付けらる元首相のトニー・アボット氏は、環境問題・気候変動を最優先する無所属候補に敗北し、落選しました。敗北演説の中で、今回の選挙の争点に関して、次のような非常に示唆に富む指摘をしました。

 

「もし気候変動が道徳的問題であったなら、我々にとって厳しかったであろう。もし気候変動が経済的問題であったなら、我々に有利であっただろう」

 

労働党は、環境保護問題を「道徳的問題」として、例えば50%の再生可能エネルギー目標や、今後全自動車の50%を電気自動車にするといった、明らかに非現実的な公約を打ち出しました。

 

こうした費用対効果を無視した政策を進めても構わないという国民的な同意があれば、労働党が勝利したかもしれないのですが、今回の選挙ではまさしく「道徳的問題としての環境保護政策」が否定されたといえます。

 

国民の多くは、それを経済的問題としてとらえ、非現実的な環境保護の推進による電力価格の向上、電力供給の不安定化、石炭火力発電所の閉鎖や炭鉱開発の中止による雇用の喪失といった現実的側面を優先させたということです。

 

特に労働党は北部のクイーンズランド州で苦戦しました。議席を獲得するどころか、2議席も失っています。環境問題との関係では、クイーンズランド州内陸において、インド系資本のアダニが開発予定の鉱山が大きな政治問題となりました。

環境保護運動家は「ストップ・アダニ」をスローガンを掲げ、妨害運動を行っていましたが、特に高い失業率に苦しむ内陸部・地方部の住民は鉱山開発に伴う雇用の拡大といった経済的側面を非常に重視したといえます。

 

また全国的にも、中低所得者が多い選挙区において、保守連合は票を伸ばし、労働党、グリーン党は票を減らしました。コストを無視した環境政策によって、それこそ電力価格の上昇に伴って生活水準の低下を懸念する中低所得者層が、「道徳的問題としての環境保護」という位置づけに対して、ノーを叩きつけた、とも言えます。

 

もう少し踏み込めば、国民の生活への影響を無視した、イデオロギー的な環境保護の推進に対して、豪州国民の多くがノーを叩きつけたともいえます。このように豪州国民が「イデオロギー的環境保護推進」を否定したことは、我が国を含む主要先進国にとって極めて重要な意味を持つと思われます。

 

フランスでも燃料税の増税に反対する「黄色いベスト運動」が非常に盛り上がった背景にも、同様に「経済的影響を無視したイデオロギー的な環境保護推進」に対する反対であったと思われます。この意味では、我が国も含めて、経済的影響を無視したイデオロギー的環境保護を推し進めることには、多数の国民が反対する可能性があるといういことです。いわば、イデオロギーに立脚する運動論が否定されたのが、昨日の豪州総選挙でした。

 

勝利したモリソン首相は、昨年8月に就任したばかりでした。これは前任のターンブル首相が、非現実的な環境保護政策を打ち出し、「伝統的支持基盤が離れてしまう」という党内の危機感が醸成されたことから、退任を迫られたためでした。モリソン首相は環境保護を含む各種の経済政策では、所得税及び法人税の減税といった中低所得者をターゲットにした現実的政策を打ち出し、それが国民に受け入れられということでしょう。

 

首相を引き継いだ際は、「負けは確実」と言われていたのですが、在任一年にも満たない中で、「負け」を「勝ち」に変えたモリソン氏の手腕は見事というべきでしょう。その手腕とは、国民の中間層の要望を理解し、それを現実的な政策に反映させる能力でしょう。また前任のターンブル氏と比較して明らかに庶民的であることも重要であったように思われます。

 

このように国民総体として、極めて賢明な選択をした豪州国民を称えたいと思います。豪州研究者としても誇りに思います。

 

また今回の選挙の特徴として指摘できるのが、中国系(移民一世や次の世代)の票の存在感です。完全小選挙区制の豪州の下院では、特に都市部では選挙区は非常に小さくなり、一部地区に集住する傾向にある中国系の票の重要性が増します。

 

メルボルンのチスホルム選挙区では労働党及び保守連合の候補の両名とも中国系で、何と中国語で候補者同士の討論会が行われました。現在接戦のため結果が確定していません。

 

ただこの事実によって、必ずしも現在の共産党政権の影響力が豪州において拡大しているとはいいがたいものがありますが、移民国家としての特徴がよく表れています。